スタッフルーム
中原雄一( 15/07/01 Wed 0:45 更新)

第1回世田谷区ベンチプレス選手権大会

  • 中原 愛子はこの前の週に行われた東京都パワーリフティング選手権大会に続き、2週連続の大会出場となっていました。
  • その大会でも優勝していましたが、ベンチ プレスで普段練習していた重さが上がらず失敗したことを非常に残念がっていて、このベンチ プレス大会では確実に上げたいと考えていました。
  • 第一試技は順調でしたが、第二試技(上の写真)の実施中にアクシデントが起こりました。背中の筋肉をひどく痛めてしまったのです。
  • 第二試技で持ち上げた55kgは東京都タイ記録でしたので、私を初め、指導してくださった世田谷区パワーリフティング協会理事長も棄権を勧めました。
  • しかし、「ここでやめたら練習が無駄になる」とどうしても棄権を聞き入れませんでした。そして、第三試技を60kgの予定から急遽57.5kgに変更してチャレンジすることにしました。これは、先週の大会で失敗した重さです。
  • 第三試技はセコンド陣が息を飲んで見守るなか行われました。ところが背中を痛めているにもかかわらず、意志の力で克服し、第二試技の55kgのときよりもっと楽に上げてしまいました。これで東京都記録達成です(翌年破られましたが)。
  • このときに受けた背中の障害は頑固でなかなか治りませんでした。
  • 翌年、自分の記録が破られたことを知った(東京都記録は60kgになっていました)愛子は、再び記録更新を狙うことにしました。
  • 第一回大会のときはベンチTシャツを着用していましたが、この年はすでにノースーツで60kgを数回上げていましたから、かなり期待していました。
  • しかし、大会の前の週に突然、愛子が使用しているベンチTシャツが公認スーツから排除されたと聞かされました。
  • 確認を取らなかった私たちも悪かったのですが、公認取り消しが1ヶ月以上も前に申し込んでいる選手に伝わらない、ということに対して、「抗議したい」という愛子の意志で、出場をキャンセルしました。
  • そして愛子はこのあとパワーリフティングの大会に出ることなく、ボディビルディングの世界へ足を踏み入れていくことになります。

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