スタッフルーム
中原雄一( 15/07/01 Wed 0:45 更新)

92年11月 第1回世田谷区パワーリフティング選手権大会

DIVAスポーツクラブのイベントでアマチュア ボディビルショーを行うことが決定になったとき、中原 愛子はショーに使える水着を持っていませんでした。

そこで府中にある、パワーリフティングの専門ジム(パワー ハウス)でボディビル用の水着を購入することにしたのです。

ちょうどそのとき、発足したばかりの「世田谷区パワーリフティング協会」の理事長がそのジムにいらっしゃって、「今後世田谷区でパワーリフティングの大会を開きたい。世田谷区のジムということであればぜひご協力願いたい」というお話を受けました。

そこで、私は協会に理事として参加することになったのですが、当時パワーリフティングに関する知識がほとんどありません。理事長にお願いしていろいろとご指導願う形になりました。

一番初めの大会ではDIVAから5名が参加したのですが、中原愛子は初めての大会で「スーパースーツ」を着用したり、ニー バンテージを巻いたり、本当にめちゃくちゃなことをやってしまったと思います。世田谷区の理事長のご指導がなかったら、まずこんなことはできなかったでしょう。

48kg級には世界女子レベルの選手が参加されていましたが、「来週試合があるので、今日は調整」といって負けてくださいました。

おかげで、愛子は金メダルを獲得することができたのです。ちなみに私は5位でした(でも、ベンチ プレスの当時の世田谷記録は作りましたよ)。

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